シディ・ブ・サイドの観光のひとつ、エネジュマ・エッザハラ宮殿(Ennejma Ezzahra Palace)を訪ねる。
ルドルフ・デルランジェ男爵(1872年6月7日生〜1932、イギリス国籍でフランスのBoulogne-Billancourtで生まれたドイツ人。夫人はイタリア人)は北アフリカとアラブ音楽を専門とする画家兼音楽学者の旧邸宅。当時は楽譜が存在していなかった中東アラブ音楽の楽譜を作成したことで知られている。
また彼は1915年愛する青と白を街の景観保護政令の導入で、無秩序な建物建設を禁じた。青と白に統一する措置は世界でも初めてだった!
palace内はアラブ地中海音楽博物館だけではく、芸術、音楽、建築を愛する旅行客を魅了する見事なアラブ・イスラム、アンダルシアの装飾要素が混ざり合い傑出した建築。
宮殿は1912年から1922年まで10年間をかけて建築。チュニジアとモロッコから最高の職人が呼ばれ、ハンマームなど配管、電気、暖房など設備にはフランス、イタリアから専門家を招いて築かれた。
絶壁に立つ邸宅には美しい庭があり、カフェ・デリスやシディ・ブ・サイドの町とチュニス湾を一望できる。
入口入って正面の美しい赤い大理石はスペインから
一階回廊の床はイタリアのカラーラ大理石、食卓はチュニジアとアルジェリア国境近くで採れるジャムト(Chemtou/Shimtu)・大理石
噴水(ナーフーラ)نافورة
ロビーの噴水は左のパティオと呼ばれる中庭につながっている。
アラバスターはエジプト、ギリシャから
一階右手奥の部屋は音楽を楽しんだ部屋。ピアノはショパンが愛したmaison de Pleyel(フランス)のもの。
モロッコ様式で、梁には大理石を2割含ませて作った漆喰(Carved Stucco)が施され、一つ一つ現場で職人が彫った。
シダー(cedar) 杉の木はレバノンから。
回廊にはモスクの形に模された掛け流し型の噴水があり、上部奥の大理石を外せる仕掛けで、香油を注ぎ香り良い水を流していた💕
パティオ(現在コンサートなども行われる音楽サロンの間)音の響きも良い設計。当時は屋根はなかった。モロッコ、アンダルシアの伝統的な幾何学的な装飾、シンメトリーにこだわり、サロンの壁には偽扉も存在する。
一階はこの他、ゲストルーム、図書館などがある。
階段を上がると、男爵が描いた絵が飾られている。
回廊に沿って左手に進むと、ハマムがある。
着替え室、ゴマージュなどマッサージ室、サウナ室(裏手に暖炉があり、温水を沸かし、高熱の蒸気をだすことができた)ハンマームがある
ヒーター(الة التدفئة)
温水を流して温めていた
奥には絵画室。男爵による作品コレクション、日本の浮世絵も展示されている。
回廊のハマムの反対側には男爵の寝室及び浴室がある。天井の装飾はきらびやかであるものの、意外にシンプルな作り。蚊帳付きベッド。横にはゲストルームがある。
更に進むと、夫人の寝室がある。こちらは煌びやかで男爵の部屋より広い。夫人と息子の肖像画が飾られている。
夫人の部屋を出て左手に進むとアラブ地中海音楽博物館(Ahmed el ouafi)がある
モロッコ書体の看板が可愛い💕
チュニジアの全土で使われていた楽器250以上の楽器コレクションがある
チュニジア産ウード(oud/عود)
男爵はシタールを好んで弾いていた
蓄音機等は男爵の持ち物ではなく、チュニジア政府が当時のものを集めて展示している。
結婚の証人
その他、ペルシャ絨毯、トルコ絨毯、中国磁器など当時のものが展示されている
デルランジェ男爵の一人息子Léon Frédéric Alfred d'Erlanger の死後数年後、Edwina d'Erlanger 夫人(アメリカ人)がチュニジア政府に対して、男爵の名前を残すことを条件に(破格に安価な)金額で譲ったようです。
邸宅から外に出て入口近くより、階段を登って上の敷地にも季節の花を楽しめるジャルダンがあります。